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ミックスサンド・ベイキング 2

/* この作品はSugar Jellyに収録されています。 */


前半から続く)

3

「りとちゃんと、まりちゃんと、三人で付き合いたいの」


確かに、PARKは三人揃ってこそ今までやってこれた。だから、私たちの危機は、私自身の危機でもある。当たり前だけど、それってすごく厄介なことよ。

「だからね、まりちゃん、りとちゃん。私は三人で、私たちで、もっとPARKをやっていきたいの」

テーブルを挟んで私と向き合うことこは、いつになく真剣な表情で私を見つめている。

「ねぇ、ことこ。一体、何を言ってるの?」

いつものことだけど、ことこの説明は飛躍しすぎていてついていけない。彼女の頭ではすっかりできあがったお話も、要点を散らかしちゃったら台無しだ。

「ずっと、三人一緒がいいの。離れたくないの」

「それは分かったわ。でも、もっと根本的に……」

「すごく変なことを言ってるのは分かってる。でも、それを私たちの『普通』にしていきたいの。私たちには私たちのやり方があるし、少しずつ探せばいいはずだから」

「ことこ。それじゃ分からないわ」

「う……ごめん……」

ちょっと落ち着いてよね。早口のことこって、面白いけど疲れるわ。

ことこは「もっと先に進みたい」って言っていた。でも、私たちがこれ以上どこに行けばいいのかなんて、私には分からない。

ことこが持ち込んできた「提案」は、思っていたよりもずっと大きくて、それでいてすぐに解決しなきゃならない難題だったらしい。まるで、砂浜に打ち上げられたクジラみたいにね。

「私、三人が離れ離れになるのだけは絶対に嫌なの。りとちゃんは?そう思うよね?」

「うん。離れるのは、違うと思う。でも、ことこ――」

必死に説明することこの横で、りとが平気な顔で座っているのがどうしようもなく嫌になる。りとはそうやって、いつも余裕そうにしてるから。

まるで、全部が他人事だとでもいうようにして。

前にも――もちろん、バブルドームの外に出たことが防衛隊にバレた時に――こういうことがあった。防衛隊に拘束されてから、ことこが泣きそうな顔でPARKが無くなるかもと言い出したのを思い出す。

「ねぇ、まりちゃんは?どう思う?」

身を乗り出して私に尋ねることこは、私がことこの話を理解してるかは全く気にしていないみたいだった。好きなこと、大事なこと、目の前の危険……考えすぎて周りが見えなくなるのって、ことこの悪いくせだわ。

「ことこ。もっとちゃんと言わないと、分からないよ?」

りとも合わせて立ち上がって、その隣でことこをなだめている。ことこは肩を撫でられて少し落ち着いたらしく、身体をソファに戻して深呼吸をした。

「そうね、ことこ。全然話が見えないわ」

「違うの。私、ただ三人でずっと仲良くしたいだけで……」

やっぱりだめみたいね。

「それは分かったわ。でも、どうして今さらそんなことを言い出すの?ね、ほら、りとだって――」

「――りとちゃんにはもう、話したの」

ことこが私の言葉を遮る。

それを聞いてりとに視線を向けると、りとはそれに気付いたようにふいと目を逸らした。いなすような動きに、頭がかっと熱くなる。

ことこはそんな視線のやり取りに気付かずに話し続けているけれど、そんな忙しない声も急に耳に入らなくなった。

なによ、なによ。ちくちくと、心に嫌な刺激が走る。ガラステーブルの冷たい距離感が、りとと向き合うこの構図が、二人と私を遠く隔てる壁に感じられた。

二人でこそこそ私に隠れて何かをしているんじゃないかって、そんな根拠のない妄想が浮かんでは消えていく。

私だって別に意地悪を言いたいわけじゃない。落ち着いて話がしたいのに、感情が前に出てくるのを止められない。私が放った言葉でことこが落ち込んでるのも知っている。りとがあんまり大事なことを言ってくれないのも、慣れてきたつもりだ。

でも、私じゃだめなの?私はやっぱり仲間外れなの?

「なによ。知らないのは私だけだっていうの?」

「そ、そうじゃないよ。ただ、まりちゃんにはしっかり伝えたかったから、まずりとちゃんに相談しようと思って」

「だって、そうじゃない。今日だって私抜きで、こそこそお出かけ?とっても、楽しそうだわ!」

ばかみたい、ばかみたい。隠し事ばっかりだ。

「違う、違うの。まりちゃん、ちゃんと聞いて?」

ことこのはっきりしない様子にイライラする。

「ずっと聞いてるわ!何が違うのかは全然分からないけどね!」

そう言いながら思わず立ち上がろうとしたけれど、急な動きに立ちくらんで足がふらりと揺れてしまう。

そんな私を見て立ち上がるりとの「まり、危ない!」という声さえ嫌になって、私はぐっと床を踏みしめた。

「あぁ、本当に嫌だわ!目の前が真っ暗になったみたい」

「まり、落ち着いて。ことこも」

「りともりとよ。これは三人のことじゃない。どうしてそんなに平気でいられるのよ?」

私を言いくるめようとする りと に指をさす。

こんなの、落ち着いていられる方が狂ってるわ。狂ってるのはりとの方よ。なんでも知ってるようなその顔は、PARKの行く末などどこ吹く風とでも言いたげだ。

「だって、慌てたってどうにもならないよ」

「だからって、落ち着いていられる?もし、りとが仲間外れにされてもそんな顔できるの?」

「うん。三人なら、きっと大丈夫だよ。ことこだって口下手だけどちゃんと考えてるし、まりも落ち着いて」

「あー……もういい。分かったわ。りと、結局あんたはPARKなんてどうでもいいのよ」

「そんなことないって。まり、ちょっと変だよ?」

「変なのはりとよ!もっと真面目に考えたらどう?りとって、いつもそうやって――んむっ!」

衝撃に目を瞑る。とうとう怒ったりとが飛びかかってきたのかも、と思いながらそっと目を開けた時、私の反論は文字通り塞がれていた。

「――!」

ラブファイターシュガースターでも、こんなシーンがあった気がするわ。頭の中に少し残った冷静な部分で、ふとそんなことを考えていた。

「ん……っ」

「ちょ、ちょっと……りとちゃん!」

あの時、ことこが渋谷で見つけた魔法のステッキは確かに貴重な「おたから」だったけど、ことこはどうしてあんなに執着したのかしら?あれを捨てて逃げていたら、私たちは今頃――

「――ぷはっ。げほ、げほっ!」

「落ち着いた、まり?」

りとが私から離れると同時に、こらえていた私の息が一気に流れ出す。ソファに倒れ込むように座り込んだ私には、何が起きたのか理解できなかった。

「り、りとちゃん。――」

「――、ことこも、――?」

「で、でも……まだ――、だから」

頭の隅で二人の意味ありげな会話が通り過ぎていったけど、それを処理するには流れ込む情報が多すぎる。

怒りの熱さがぐるぐると頭を回っているところに、りとが流し込んできたものが加わってさらに顔を熱くした。私にはどうにもならない奔流が、私の中を駆けていく。

「な、なにを、したのよ……ねぇ、りと、おかしいわ……」

「まり、覚えてる?私としたこと」

立ち上がったままのりとを下から睨みつけると、りとはなおも穏やかな表情で私を見下ろしていた。

覚えてると訊かれて思い当たるのは、最近よく見る変な夢のことだ。まさか、あれが全部……

「夢じゃなかったっていうの?」

囁くような優しい声、耳にかかる息、柔らかい肌が擦れるむずむずとした感覚。まるで恋人同士がするようなそのじゃれあいを、私はずっと夢だと決めつけていた。でも、私が覚えていないだけで――例えば、私がお酒を飲んでいたとしたら?

「そうだよ、まり。私たち、まりを仲間外れになんてしないよ。だから落ち着いて」

「……なによ、それ」

最近の違和感の正体がすとんと落ちて、代わりにその現実に対する拒否感が胸を覆っていく。私の大事なところが、りとに台無しにされたこと。あまつさえ、私にそんなイベントの記憶が残っていないこと。そして、この胸が苦しい感覚をりと自身には分かってもらえていないこと。抱えきれない現実が、私に襲いかかってくる。

「なんなのよ。あんたたち……」

気付くと、私の目から大粒の涙が流れていた。泣くつもりなんて、なかったのに。

「ま、まりちゃん……」

「そっか。私のこと、二人で笑ってたんだ」

「笑ってなんてないよ!私、ただ……」

「三人でPARK?ことこ、よくも私の前で、そんなこと言ってくれたわね」

ことこは名前を呼ばれると身体をびくっと震わせて、それきり黙ってしまった。後ろめたいことがあるから、そうやってびくびくしてるに決まってる。

二人でグルになって私を陥れようだなんて!

「もういいわ。二人で仲良くやればいいじゃない。PARKなんて、もうおしまいよ!」

駆け出した私は誰にも止められない。「まりちゃん、待って!」と叫ぶ声も、ずっと遠くに離れていく。いくら走っても足りる気がしなかった。

このまま、バブルドームを抜け出して世界の果てまで逃げられればいいのに。りとも、ことこもいない場所に。


「はぁ、はぁ……」

荒い息を整えながら、バブルドームの冷たい壁に寄りかかった。半透明の無機質な硬さが、逃げられない現実を思い出させる。

私たちの現実は、バブルドームの中にある。私たちはここから逃げられない。私の生活の果てはここにある。かくれんぼには狭いくらいの空間が、私の生活の全て。

バブルドームの端っこに来たところで、何からも逃れられないのは分かってる。いずれ、二人が私を見つけるだろう。でも今は、汗と涙でぼろぼろになったひどい顔を、誰にも見せたくなかった。

「私だけ?知らなかったのは、私だけなの……?」

空を見上げると、ドーム越しのぼんやりとした夕暮れが顔を照らす。散りばめられた色とりどりの装飾が、まるで星空のように私を覆っている。

バブルドームに差す星の光が緑・赤・青……ひとしきりゆらめいて、目尻から流れた涙が地面に落ちていく。スクーパーズが襲来してから、こんなに泣いたことってあったかしら。

世界が壊れて、家族と離れて、壊れそうな心に甘い結晶を振りかける。砂糖漬けになった心が湿って、乾いて、その繰り返し。壊れゆく世界の中で、心が少しずつ固いもので覆われていく。

それが簡単に叩き壊されて、こんな風に自分のことで泣ける日が来るなんて。

「バカみたい……バカみたい!」

私が川崎を離れてすぐ――ことこが原宿に移住してくる前――PARKにはりとと私しかいなかった。とはいえ、二人で暮らしていたのはほんの数週間だけだったし、今となってはもうずっと昔の話だけど。

初対面のりとが、最低限の家事分担を済ませてから、そのまま黙ってベースメントで荷解きを始めてしまったのを思い出す。これから一緒に暮らすのに、私とおしゃべりする気もないなんて、口数が少ない変な子だと思ったものだ。

かと言って、自己主張ができないというわけでもなく、ふとしたきっかけで言い合いになったりもした。りとの冷めた視線に腹を立てたこともあったけど、しばらく一緒に過ごして、結局のところ周りに興味がないだけだと気付いたのだった。

それから、ことこがPARKに移住してきたのだ。ことこは明るくって、りとにも臆せず甘えていくし、私の話し相手としても不足ない。ことこと一緒に暮らし始めてから、二人よりも三人の方が上手くやっていける、という確かな実感があった。

一人でいるのが好きなりと、明るくて元気なことこ、そしておしゃべりな私。性格が違う三人だけど、PARKをやっていく上ではそれもいいスパイスだと思っていた。だから、それなりに上手くやってこれた……はずなのに。

「りとってば、何を考えてるのよ……」

別に、私に隠れてりとがことこと仲良くしていたって構わない。ことこなら、きっと私よりもりとと上手くやっていけるのかもしれない。

でも、こんなのってある?二人で暮らしたいなら、二人で勝手にすればいいじゃない!何も言わないで、私を傷つけてまで追い出そうっていうの?

「これから、どうすればいいのかしら」

夕日が沈んで、ドームに貼り付いた装飾もすっかり暗くなった。蒸し暑い空気だけが残されて、気だるさと一緒に身体を包み込んでいく。

バブルを通して見る星のきらめきは、とても弱々しくて頼りない。ドームの夜はとても暗いから、安心して出歩けるのは明るいストリートくらいだろう。武器もなしにこんなドームの端に来るなんて、度胸試しもいいところだ。

りとと一緒に出歩くことはあったけど、その時もスケボーと武器の準備は万端だったし。

でも、りとにはもう頼れない。大きなスケボーに二人乗りで夜闇を駆けたのも、物陰に潜むスクーパーを退治して回ったのも、もう昔のことだ。今ここでスクーパーズが現れても、もう私にはどうしようもない。

もう、どうなったっていい。そう思いながら顔を上げると、狭い路地から影が飛び出してくるのが目に入った。

とっさに体勢を整えようにも、どうにも身体に力が入らない。現れたのは、ギャングかスクーパーズか、いや、もしかしたら――

「……!」

「まり。ここにいたんだ」

この声は、りとだ。さっと飛び出した影は、スケボーに乗ったりとだった。

緊張と安堵で心臓がばくばく言っているのが分かる。生命の危険は過ぎ去ったけど、薄暗い闇の中から浮かび上がる聞き慣れた声に、むしろその鼓動は一層高まっていた。

「……あら、りと。早かったわね」

私はその動揺を知られないように、寄りかかった身体をゆっくりと起こしてりとに歩み寄った。背中に回したぎょにそライフルには、予備のソーセージがいっぱいに詰められている。

「何も持たないで出ていったから、心配したよ」

「そう?敵なんか、一体も来なかったわ」

りとがスケボーを蹴り上げて、アスファルトと一緒に小気味いい音を立てる。スピード重視の小さなエンジン付きスケボーのデッキテープが目に入って、隠したはずの涙がじわじわと視界を歪めた。

「帰ろう、まり。ことこも心配してるよ」

「なによ、今さら。PARKはおしまい、これでいい?」

「おしまいじゃないよ。早く戻ろう?」

私に向けられたりとの目は、やっぱり慌てているようにも怒っているようにも見えない。スケボーで駆け回ったせいで息は乱れているみたいだけど、今はそれすら気に食わなかった。

「おしまいよ。私がいなくなればいいんでしょう?」

「三人じゃないと、PARKはやっていけないよ」

「ちょっと待ってよ。りと、あんたがそれを言うの?私たちをぶち壊した、あんたが?」

「ぶち壊してなんか、ないってば」

りとの返答がぶっきらぼうになって、怒り始めているのが分かる。けんかの始まりはいつもこうだ。りとの感情を逆撫でするような言葉ばかりが口から出ていって、止められない。

ことこがいなかったら、こうやってけんかばかり。

ねぇ、ことこがいたら。

「大体、ことこはりとのことが好きなんでしょ?ことこも可哀想よね。好きな子が他の子にちょっかいを出す軽い子だったなんて!」

「まり!流石にそれは言いすぎだよ」

りとの語気が強くなって、ちかちかとした感覚が蘇る。ワインを詰めた水鉄砲を携帯していたら、きっとまた大爆発していたところだ。

「じゃあ、何?りとは本気で私が好きだっていうの?」

「好きだよ。好きだけど、だから何なの?」

「な、何って……そんなにはっきり言わないでよ!」

りとを責めるつもりで放った言葉だったから、ストレートな答えに面食らってしまう。

「……ごめん。今、すっごくいらいらしてるから」

「あら、奇遇ね。私もよ!」

りとの不機嫌そうな表情に応えるように、私はりとを睨みつけた。りとはそんな私の視線にも動じる様子はなく、面倒そうに溜息を吐く。

ヒートアップしかけた二人の間に、少しの沈黙が流れた。

「じゃあ、ことこはどうするのよ」

「どうもしないよ。ことこだって、まりが好きって言ってたじゃない」

「何それ?意味不明すぎ」

ことこはりとが好きで、りとと一緒になって私を陥れようとした。でも実は、当のことこは私のことが好きで、りとも私が好きだったの?

そんなの、めちゃくちゃだ。

もちろん私だってことこは嫌いじゃないし、りとのことだって……りとのことだって、たぶん、好きだ。あんな乱暴をされていたと知る前は、りとを見てドキドキしたこともあった。今だって――いや、今はもう、ドキドキなんてしないけど!

ことこみたいに分かりやすい可愛らしさは少なくても、りとがすごく魅力的な女の子だってことは、私が一番よく分かっているつもりだった。

「ねぇ、そんなおかしなことってある?りとは変だと思わないの?」

だからこそ、あんなおかしなことをして、あんなおかしな告白を受け入れさせようとするりとに腹が立っていた。

「変じゃない。ことこなりの告白だよ」

「変よ。そもそも、告白は二人でするものだわ」

三人でする告白なんて、ふざけてる。大事な気持ちのやり取りは二人でするものだ。

誰と誰が好きとか、誰が何番目に好きとか、そういうのは恋の分からない小さい子がするから許されるのに。

「まり。常識に縛られないで。私たちは私たちなりに考えてやっていこうよ」

「常識?バカ言わないで」

みんながお互い好き同士で、それをはっきりさせないのが「私たちらしい」ですって?常識なら何でも無視すればいいってもんじゃないわ。

でも、何より気に食わないのは、二人がその「常識に縛られない考え方」を共有できているってことだ。二人だけが分かり合っている雰囲気も、私がないがしろにされてるみたいでむしゃくしゃする。

「あんたたちは何にも分かってないわ。 りとことこ が私が好きっていうのも、どうせ嘘なんでしょ?」

「――っ!ま、まり!いい加減にしてよ」

私の言葉に反応して、りとがみるみる怒っていくのが分かった。私を見上げるりとの視線が、静かに突き刺さる。

そうやって、なかなか見えないりとの感情が露わになると、穏やかな彼女の表情が崩れると、少しだけ安心した。でもそれは、同時に私をひどくイライラさせるのだ。

「それはこっちのセリフよ!三人でとか好きだとか、そんな風に言いくるめれば私が落ち着くとでも?」

「まりっていつもそうだよね。どうでもいいことばっかり気にしてさ、肝心な時に――」

「あぁ、もう!あんたって本当に分かんないやつね!」

二人でこそこそしないで。私をちゃんと見て。私のこと、もっと大事に扱って!もう止まらない。

言葉を遮って、私はりとに指を突きつけた。

「一応言っておくわ、りと。私はね、私が一番じゃなきゃイヤなの!どんな時でもね!」

王子様が来てくれると思ってた。昔は……そうね、スクーパーズが来るまでは、ずっと。

お姫様が王子様と結ばれて幸せになる絵本もいっぱい読んだし、友達と理想の王子様の話をしたこともあった。忙しそうな両親は私の理想の将来とは違ったけど、ママは何かにつけて「素敵な王子様が迎えに来るわ」なんて私に言い聞かせていたものだ。

原宿に移住してからも、ママの言葉はぼんやりと私の思考を覆っていた。いつかスクーパーズが退治されて、みんなが自由に暮らせるようになったら、きっと。

きっと、どこからともなく王子様が現れて、私は花嫁になるの。丘の上の教会で、綺麗なドレスを着て、みんなが祝福してくれるの。

「だから、私の夢を笑わないでよ……りと……」

だからこそ、りとの言う「私たちらしさ」には納得できなかった。私の夢を笑われているみたいで腹が立った。

「絶対に笑わないよ。まり、だから泣かないで」

「――っ、触んないで!ほっといてよ」

りとが私の頬に触れる感触で、自分が涙を流しながら喚いていたことに気付く。

涙って、こんなに出るんだ。そんなことを意識してしまうと、さらに涙が溢れ出してくる。声を上げて泣くなんて、恥ずかしい。見られたくない。

でも、声が抑えられなくなる。

「私……ううん、私たちはまりの夢を笑ったりしないよ」

しゃがみこんだ私の頭を、りとの手が押さえるように撫でつける。上から聞こえてくるりとの優しい声は、嘘を吐いているようには思えなかった。

「じゃあ、りとは、私の王子様になってくれるの?」

「うん。でも、私だけじゃなくて、ことこも王子様だよ」

「……私の王子様は、二人もいないわ」

私は思わず顔を上げる。私を見下ろす りと と目が合って、そのまま。

「いるよ。私たち、三人だもん。まりだって、王子様になっていいんだよ」

「ばかみたい。ことこの受け売り?」

「違うよ。私なりの解釈っていうか……ことこも、あんまり分かってないみたい」

それから、りとはことこの「提案」について、改めて彼女なりの解釈を加えながら教えてくれた。

一対一で付き合う関係が絶対じゃないこと。みんなが納得すれば、何人で付き合っても誠実だってこと。そういうお付き合いについて、昔の人も悩んでいたこと。

それが、ことこの考えている未来に一番近いってこと。

王子様が二人もいたら、きっとけんかになってしまうだろう。でも、それがりととことこなら?二人が王子様だったなら、私を奪い合うのかしら?

それとも、三人で上手くやっていけるのかしら?今までとは違う関係で、今まで通り三人で。

「結局、みんな離れ離れになっちゃうのが怖いのかも」

「それは……そうだけど」

今、私が勢いに任せてPARKから去ったとして、明日から生き延びることができるかは分からない。このままじゃ原宿で夜を凌ぐのもままならないし、バブルの外ならなおさらだ。

ことこには思わずあんなことを言ってしまったけど、三人でPARKをやっていきたい、やっていくしかないという気持ちも当然分かっていた。

「私は、まりの花婿姿も見てみたいよ?」

そう言って、りとが私に手を差し伸べる。

そんな優しさに素直に応えるのも恥ずかしくて、私はりとの顔を見ないようにその手をとって立ち上がった。

「なんて最悪なプロポーズなのかしら。りとらしいけど」

「でも、ほんとの気持ちだよ?」

「私は、誰かの代わりになったりしないわ」

「ことこの代わりなんかじゃない。私たちは、誰が誰の代わりにもならないよ」

そんなこと、言われなくたって分かってる。でも、みんなが花嫁だとか、みんなが花婿だとか、そんな理想論が簡単に実現できるようにも思えなかった。

「ねぇ、私たち、これまで三人でいっぱい色んなことをしてきたわ」

続きを促すように、りとが頷く。

「でも、今回ばっかりはすごく不安なの。PARKがだめになってしまわないかって」

「私たちなら大丈夫だよ。ことこもいるし、私もいるから」

「えぇ、そうよね……それは、分かってるけど」

バブルの近くの探検も、ずっと遠くの探索も、危険は色々あったけどなんとか生き延びてきた。PARKだって、三人でいつもベストなものを作り上げてきたつもりだ。りととことこがいれば、このめちゃくちゃな世界の中でも生きていける気がしていた。

だから、きっと。

私にできるかしら。口の中からそんな言葉が出そうになったけど、いつの間にか溶けて消えていた。

「分かったわ。ちょっとだけ、私たちなりの『非常識』をやってみましょ」

王子様が二人いるのも、悪くないかもね。私がそう言うと、りとは「まり、ありがと」と小さく笑いかけた。

「ま、楽しくなかったらすぐやめるけどね」

「うん、それがいいよ」

たんっ、と軽やかにシューズを鳴らしたりとが、ずっと抱えていたスケボーを地面に下ろす。辺りはすっかり暗くなっていた。もう帰らなきゃ。

これからの私たちがどうなるのかは分からないけど、今はただ、PARKに戻ってゆっくりしたかった。


PARKへの帰り道。りとが構えたぎょにそライフルが、歩くたびにかちゃかちゃと音を立てる。私はその陣形に収まるように、スケボーの後ろをついて歩いていた。

「ねぇ、りとってほんとに私のこと好きなの?」

「好きだよ。さっき言ったじゃん」

「あら、そう」

りとが私を好きだなんて、思ってもいなかった。性格も全然違うし、何かあるとすぐけんかになっていたから。ことこがいなかったら、二人の共同生活は一年と待たずして解消されていたことだろう。

もしかして、私が好きでちょっかいをかけていたのかしら?りとも可愛いとこあるじゃない。

でも、どうしてあんなにはっきり告白したのに、私の前で平気でいられるのかしら。その余裕さは、やっぱり気に入らなかった。

「もしかして……一緒にお風呂に入ってる時とかも、私のこと気になってたの?」

「んー、そんなことないよ。ことこもいるし」

好きな子のあられもない姿なのに……とは思ったけど、確かにそうかもしれない。シャンプーハットを装着して頭を洗うことこを見ていると、まるで家族でお風呂に入っているような気分になるし。

「あっ、そうだ。まり」

私がひとしきり りと の言葉を引き出し終わったところで、今度はりとが振り向いて私に呼びかける。

「私が来なかったらどうする気だったの?こんな危険な場所なのに、武器も持っていかなかったよね」

「どうにもできないのは、りとも分かってるでしょ?PARKを飛び出した時は、もうどうなってもいいって思ってたくらいよ」

「ふーん……そっか」

答えを聞いたりとは、私をじっと見つめてから、不機嫌そうに首を横に振る。そして、とうとうため息を吐いた。

「まりのそういうとこ、やっぱり嫌かも」

「は、はぁ?さっきは好きって言ってたじゃない!」

「……あー、うん。ちゃんと好きだよ、好き好き」

面倒そうに答えるりとは、あしらうようにくるりと背中を向けて歩き始めた。

「ちょっと、待ちなさいよ。……何なのよ、もう!」

すたすたと歩くりとの横に並ぶ。私を流れる夏の空気が、いつもよりすがすがしかった。

4

ベースメントに戻ると、さっきまで三人で掛けていたソファの端で、ことこが子供みたいに泣きじゃくっていた。

薄暗い部屋の中で、ガラステーブルの周りだけが明るく照らされている。ことこはその光から逃げるように、上からタオルケットを被って小さくうずくまっていた。

「……っ、うぁ……りとちゃん、まりちゃん……」

ひくひくと苦しそうに息を吸うことこが、細かく肩を震わせる。呼吸さえもままならないその姿は、触ったら壊れてしまいそうなほどに弱々しい。そんなことこを見ていたせいか、また涙がじわりとこみ上げてきて、私は拳をぐっと握りしめた。

ことこがこんなに泣いているのは初めてだ。PARKを失いかけた時、りとが行方不明になった時、私がことこに言い過ぎちゃった時……色々あったけど、今までのことこなら、歯を食いしばってどうにか泣かないようにしていたから。

だからこそ、なおさら今が私たちにとって大事なタイミングなんだと意識する。

「ことこ、ただいま。まりも帰ってきたよ」

りとはそう呼びかけると、まるで自分の役割を終えたとでもいうように、そのまま座り込んでスケボーの手入れを始めてしまった。

「ちょっと、りと……」

小声で呼びつけると、りとは私を見上げてにへらと笑う。 ことこ とのことは、私に任せるつもりらしい。

こういう時って、普通は三人で反省会でもするんじゃないの?そんなにのびのびしてると、逆に感心しちゃうわ!

「その……ことこ、悪かったわね」

スケボーのウィールをくるくる回してオイルを差すりとを尻目に見ながら、ことこの揺れる背中に向かって呼びかける。帰ってからのことは りと が取り持ってくれるとばかり思っていたから、最低限の言葉しか出てこない。

ことこは私たちが帰ってきたのに気付くと、振り向いて涙でいっぱいの顔をこちらに向けた。ばさりと青色の帽子が落ちて、びしょ濡れの瞳が目に入る。

「ま、まりちゃん。あのね――っ!こ、これは違うの」

それから、ことこは泣いているのを隠すように慌てて目を拭った。隣に座りながら「目が腫れるから拭いちゃだめよ」と諭すと、ことこは小さく頷く。

タオルケットから顔を離して私を見上げることこの顔には、不安と焦燥が映っていた。

「ご、ごめんね。私、まりちゃんを傷つけちゃった……」

「どうしたのよ、ことこ。クラゲでも目に入った?」

「あ……そ、そうかも!え、えへへ……」

ことこが弱々しい笑い声を上げる。無理に笑っている様子は痛々しいけど、いつも明るいことこがしおらしく謝っているよりはずっとよかった。

「ことこの考えてること、りとに色々聞いたわ。ちゃんと言ってくれなきゃ、分からないじゃない」

私がそう口をとがらせると、ことこは「ごめんね、まりちゃん」だなんて、また下を向いてしまう。

なによ、調子狂うわね。いつもみたいに冗談めかして笑ってくれればいいのに、これじゃまるで私が本当に怒ってるみたいじゃない。

「冗談よ、冗談。もう分かったから、いいわ」

「そ、そうだよね!私、ちょっと焦ってるのかも」

分かってる。ことこはまだ冗談を言う余裕がなくて、今は私がことこを元気づけなきゃいけない場面だってこと。でも、こういう時にどうすればいいのかは、やっぱり分からない。

いつまでもうじうじしてることこにも腹が立つけど、こんな時まで素直に謝れない自分にもイライラしていた。

「ね、ねぇことこ……」

言葉が続かない。後ろからシューズを磨く音が聞こえてきて、次の言葉を急かされているような気分になる。沈黙でいっぱいになったソファは、座っているだけで息苦しい。

そんな重たい時間が流れてから、ことこが顔を上げた。

「でも、まりちゃんをだましたりとか、そんなことは絶対にしないから。さっき三人で話したことは、絶対に冗談じゃなくて……」

「分かってるわ。私たちは私たちなりに、でしょ?」

さっきまでけんかしていたりとの言葉を、今度はそのまま繰り返す。初めに聞いた時はすごく気に食わなかったはずなのに、今はまるで自分の言葉のように口から出ていた。

私の言葉を聞いたことこは、一瞬きょとんとして、それから目を見開いた。そして、残った涙もそのままに、みるみる明るい表情を取り戻していく。

「そ、そうなの!資料によると、昔から色んなお付き合いの形が考えられててね、それを応用すれば、三人でずっと一緒にいられると思うんだ。だから――」

ことこが私の手をぎゅっと包み込んでぶんぶんと揺らす。まるでことこの尻尾になったみたい。

私たちなりに。私たちなりの。私たちだからこそ。振り返ってみると、PARKはずっとそうやって進んできた。焦ってたのは、私の方なのかもしれない。

「ことこ。いっぺんに言われても分からないわよ」

「あっ……ごめん。えへへ……」

さっきとは違う、安心する笑い声。緩んだ両手から、ことこの安堵が伝わってくるようだ。

ことこの説明を聞いてみると、りとの話はほとんどことこの受け売りだった。まぁ、私の花婿姿を見てみたいっていうのは……そうね、りとのオリジナルらしいけど。

私がりとに襲われているのを見てしまってから、ずっと悩んでいたみたい。それから一人で色んなことを調べたり、色んな本を読んだりして、何とか三人で上手くやっていく方法を探していたのだという。やっぱりことこは、一人で悩んでいたのだ。

結局、りとが悪かったんじゃない!

「でね、まりちゃん。その……」

と、楽しそうに(ときどき真面目に)話し続けていたことこが、突然言葉に詰まってしまう。と同時に、 ことこ と繋がったままの私の右手が、またきゅっと握り込まれた。

ちら、と気付かれないようにことこに視線を送る。ことこの目が泳ぐのに合わせて、ひんやりしていた両手が少しずつ温かくなって、私の体温より熱くなっていた。

「なぁに?はっきり言ってくれなきゃ分からないわ」

分からないなんて、嘘だ。今から何が始まるかなんてすっかり知っていたけど、知らないふりで焦らしてしまう。ことこからじわじわ伝わる熱が、私を意地悪な気持ちにさせていた。

うー、と小さく唸っていることこの顔を覗き込む。目が合うと、ことこは小さく頷いた。

「まりちゃんとりとちゃんと、三人で付き合いたいの。それじゃ……だめかなぁ?」

そう言い終えてから、恥ずかしそうに下を向いてしまう。ことこは手をずっと強く握ったままで、身体を縮めるように腕を自分の方へきゅっと寄せた。

告白としては、ちょっとイマイチだ。私の理想の王子様は、こんなに自信なさげな告白なんてしないもの。

でも、 ことこ らしい言葉だなって思う。

「うーん、そうね……」

握った手を揺らしながら、考えるふり。ことこの微妙な不安につけこんで、仕上げのようにゆっくり焦らしてみせる。

「ま、いいわ。ことこの考え、もっと聞かせてよね」

「まりちゃん……!嬉しいよ!え、えへへ……」

私の返事を聞いたことこが、また顔を上げてぱっと明るい笑顔を見せる。さっきから忙しい子ね。

「期待してるわ、ことこ」

「うん!私、頑張るから」

ここ数週間の違和感がすっかり消えて、肩の荷が下りた気分だ。ほぅ、と軽く息をつくと、いつもの調子が戻ってきた感じがする。

「ちょっと、りと!あんたも、そろそろこっちに来たらどうなの?」

そう言いながら振り向くと、りともちょうどスケボーのメンテナンスを終えるところだった。赤いキャップのスプレー缶をしまい込むりとは、片付けの手を緩めずに顔を上げる。

「ふふっ……はいはい。まりは元気いっぱいだね。さっきまであんなに泣いてたのに」

「うるさいわね。もう誤解は解けたわよ。あんたこそ、ちゃんと ことこ の話を聞いたら?」

からかうような笑い声も、今は心地いい。バタン、と工具箱が閉まる音が聞こえて、作業の終わりを告げる。

「私はもうお昼に告白されたもん。ね、ことこ?」

「う、うん……」

と、りとがソファに寄りかかって、後ろからことこの肩に腕を回す。ことこもそれに応えるようにして、私に重ねていた手の片方をりとに添えた。

りとがことこの頬に顔を寄せて囁いているのを見ると、まるで本当の恋人同士に見えてしまう。ちゃんと ことこ を真ん中にして三人で手を繋いでいるはずなのに、私だけがちょっと離れているような気持ち。

「なによ、やっぱり二人で楽しくやってたんじゃない」

「ま、まりちゃん……違うよぉ」

勝手な寂しさに身を任せて拗ねてみせると、慌てたことこがまた私の手を握ってくれる。振られた りと はことこの頭を撫でながら、今にも笑い出しそうな表情で私を見つめていた。


ことこの告白が終わってから、りとも交えて三人で少しだけ真面目な話をした。並んで座るりとと私に向かい合うように、ことこが座っている。

「――だから、まとめるとそんな感じ。だから、ちゃんとお互いの予定を伝えあったり……とにかくコミュニケーションが大事なの」

「ちょっと待って。それって、今までと何が違うのよ?」

「えっと……意識、かなぁ?」

「い、意識?」

ここまで、ことこから示されたのはルールというよりマナーのようなことばかり。私たちが、私が、明日から何をすればいいのかも、どうすれば三人で付き合ったことになるのかも分からなかった。

でも、考えてみると、普通の恋人だって契約書を書いたりはしないし、ましてやどこかに登録を出したりはしないのだ。結婚ですら、防衛隊の名簿課に届ける必要はなかった。

とはいえ、二人で付き合うのが当たり前だったから、私たちの新しい関係を確かにしてくれるものがないのは少し不安を感じる。新しいことは、やっぱり少しだけ怖かった。

「お互いにお互いが好きって信頼しあう、とか?」

「あら。私たち、ずっと信頼しあってるじゃない」

「それは、そうだけど……」

三人で、三人で……と構えていたから、意識だけ変われば解決、と言われても面食らってしまう。

「うーん……例えばね、まり」

言葉に詰まることこに、りとが助け舟を出す。私の名前を呼んで立ち上がったりとが、ソファに回り込んで私の後ろに立った。

「こうやって、いきなりぎゅっとしてもいいんだよ」

「い、いきなり何よ?」

そして、後ろから私を包むように抱く。首元に感じるりとの体温が――暑苦しいはずなのに――ひんやりした心地よさを思わせる。

「んー?まり、怖がってるみたいだから。ことこの言ってること、あんまり分かってないでしょ?」

髪と囁き声が擦れて耳がくすぐったい。思わず変な声が出そうになるけれど、 ことこ と同じやり方で丸め込まれるのも、何だか気に食わなかった。

「あら、りとも分かってないんじゃないの?」

「ふふ。うん、そうかも。これから、私たちのスタイル見つけなきゃね?」

付き合うと言っても、私たちはあんまり変わらないんだと思う。明日からも、一緒に暮らして、一緒にPARKをやっていくだけで。

でも、もっと素直になりたい。ちょっと大胆になりたい。こうやって背中に感じる熱を、ちゃんと受け入れられるように。

「あんまり気にしなくていいんだよ。昔の人とか、決まりきったルールとか、私たちには必要ない」

「それで、本当にやっていけるのかしら?」

「大丈夫だよ、まり。ことこもいるし。三人でやっていけばいいよ」

と、りとに合わせてテーブルの向こうに視線を送ると、どうも ことこ と視線が合わない。何だか私たちに見とれているみたいだ。少しして、やっと視線に気付いたことこが私たちに手を振った。

「ことこ、のぼせちゃったの?」

「ううん、違うの。なんか幸せだな〜って……あ、そうだ!」

ことこが突然、「いいこと」でも思いついたような表情で立ち上がる。

「新しいバスボム、ちょっと試してみない?」

クラゲフェアの在庫が入った箱を探し始めることこ。手のひらに乗せて見せてくれたのは、新作の青いバスボムだった。爽やかな水色にシーソルトとお肌にいいオイルが添えられているらしい。

「ことこって、ほんと一緒に入りたがりやさんよね」

「だって久しぶりなんだもん、みんなでお風呂!」

皮肉で返しても、ことこは「えへへ〜」と笑うだけ。横を見ても、「うん。じゃあ、一緒に入ろっか」だなんて楽しそうだ。

もう!りとったら、ことこには甘いんだから。

5

「やっぱり、私とのお風呂でそんなこと考えてたのね!」

お風呂を上がってから、まりの機嫌がすこぶる悪い。どうしてだろうと考えてみたけど、おそらく、私と ことこ でまりにいたずらしたからだろう。

さっき、ちゃんと三人で付き合うって話もしたから、もう受け入れてくれるのかなって思ったんだけど。まりのことは、やっぱりよく分からない。

「もう まり は彼女だし、いいかなって」

「そ、そうだけど……でも、だめなものはだめ。ムードってものがあるでしょ?」

逃げるようにお風呂を去ったまりは、ヘアタオルにバスローブを身に着けて私たちを待ち構えていた。仁王立ちで怒っている姿には、いつもの可愛いバスローブは似合わない。

ちょっとえっちでやっぱり可愛く見えるその姿に、どうも気が抜けてしまう。でも、ここで「まりも流されてたじゃん」なんて言おうものなら、また家出なんてことにもなりかねないのは明白だった。

「私も、まりちゃんにすりすりしてみたかったんだ〜」

と、ことこが後ろから まり の腰に抱きついた。久しぶりに三人でお風呂だったから、とっても楽しそう。

背中から伝わるその勢いに、 まり もひるんでしまうけど、慌てて首を振って我に返った。

「からかうのはやめて。私は真面目に言ってるの」

こういう時のまりは、すごく面倒だなって思う。私はただ、したいようにしてるだけだから。

「……別にいいじゃん、キスくらい」

「あ、あんたね!私の大事な貞操を『別に』だなんて!」

ぼそりと呟いた不満が、また まり の怒りを再燃させる。

やっぱりまりは、お姫様なのだ。自分が一番で、いっぱいちやほやされたくて、どんな時でもエレガントにエスコートされたいお姫様。

でも私は、そんな まり の手助けをしたいわけじゃない。三人で助け合って生きていくために、「弱いまりを守ってあげる」つもりはなかった。

実のところ、私はあんまり王子様に向いてないのかも。

「それに、ことこには、む、む……胸まで触られるし!」

そんなことを考えている間にも、まりの強い口調は収まらず、いつの間にかことこに飛び火していた。

「ご、ごめんね、まりちゃん……嫌だった?」

「嫌じゃ、ないわ。でもね……嫌じゃないのが、なんか嫌なの。まるで私じゃないみたいで」

ことこは困った顔でまりを見上げたまま、腕は離さない。そういう甘え方に、まりは弱かった。

嫌じゃないけど、嫌。なんてお姫様らしい悩みだろう。まりは深刻そうにしているけど、私から見るとその悩みは小さなことに思えてしまう。

「うん。ごめんね、まり」

私もまりに抱きついて、そのままの姿勢で頭を撫でる。まりは一瞬泣きそうな顔になってから、ふいと目を逸らして頬を膨らませた。

「優しくして丸め込もうったって、そうは行かないから」

「でも、三人でやっていこうって言ったもん。まりのこと、ちゃんと考えるからさ。ほら、食事にしよ?」

テーブルに置かれたミックスサンドは、ことこの担当だ。まりは「ミックスサンドって、やっぱり嫌いよ」なんて不機嫌そうに溜息を吐きながら、バスローブのままソファに掛ける。

「今日はクラゲ入りなの!コリコリしてて美味しいよ」

まりは「まぁ、不味くはないけど」なんて呟きながらサンドイッチを口に運んでいく。バブル中を駆け回ったせいで、お腹はぺこぺこだったらしい。

そんなまりの姿を横目に見ながら、私もクラゲサンドにかぶりつく。イワシの匂いを流し込むように麦茶を飲み干すと、クラゲの香りと一緒に夏の味がした。


EXTRA: ITEMS

古びたミシン
まりがずっと使っている小型のミシン。本来はかなり頑丈な機種だが、とても古いのでことこが定期的に修理しないと使えない。微妙な力の加減が必要で、特にりとが使うとしばしば壊してしまう。
りとのリメイクポーチ
りとがいつも携帯している まり の手作りポーチ。大掃除の時に見つかった りと の古着を加工して作られている。原宿の一般的な街歩きに必要なグッズの他に、おやつのぎょにそが入っている。
青いシャンプーハット
ことこが毎日使っている青いシャンプーハット。何度か買い替えているが、毎回いつも子供用の小さなものを買っている。一度だけ卒業しようとしたことがあったが、結局失敗してしまった。

  1. https://urahara.party/ 

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