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初対面の単色アイコン元カノ未練タラタラ高学歴マゾ乳首クネクネ性欲童貞(空手経験あり)が周りを格下だと判断して攻撃しまくるのって、散歩するたび知らん人に抱きついて腰振る犬見てるみたいで、ふつうに悲しかった。
かたぎりあまね(@amane_katagiri):█████████
後輩のSくんが連れてきたIと名乗る男は、かれが所有しているというXアカウント: Oによれば「乳首で感じるマゾオスT大生」らしい。Iくんは高校中退後に2年間のフリーターを経験したのち、高認(高等学校卒業程度認定試験)を経由してT大学に進んだ24歳だと自己紹介していたので、少なくとも半分は正しそうだ。乳首マゾなのかについては、結局本人から対面で確認する機会はなかったので、T大生であることをほのめかすための枕詞ギャグだったのかもしれない。
Iくんは東京生まれ東京育ちのエリートで、少なくとも僕のような文化資本の低い人間よりはるかに豊かな少年時代を送ってきたと想像できる。高校中退から日本の最高峰であるT大学に合格したという経験はIくんにとっては非常に大きな成功体験として刻まれているようで、確かに僕のような三流のU大学出身者は全くもって相手にする価値がないという態度だった。かれの学業への自信を見ていると、専門科目の難解さに耐えられずに地元に戻った同期のKくんを思い出す。Kくんは高校までの勉強は得意だったようだが、T大学には一歩およばずU大学で妥協したらしく、大学院はT大学に行って学歴ロンダリングするのだと息巻いていた。かれは1年足らずで虎になって森に帰っていったが、今はどうしているだろうか。
そのIくんが運用するOは赤い単色アイコンのアカウントで、かれはそのアイコンにある程度アイデンティティを持っているようだった。単色アイコンといえば、数年前にアイドル育成ゲームのキャラクターがLINEで単色アイコンを使っていたことを分析する記事を思い出す。僕は単色アイコンのアカウントを運用している人に会ったことがなかったので、その直情的で粗暴な攻撃性の高さに驚いて、感動を忘れないうちにこの日記を書いているわけである。だから、日頃から単色アイコンに慣れ親しんでいる人にとっては、この記事は常識のような当たり前の内容ばかりかもしれない。
Oは4000人程度のフォロワーを抱えたアカウントで、いわゆる単色アイコンっぽい厭世的かつシニカルでセンスあるポストを売りにしているようだ。Sくんがオフ会の約束をしたというIくんが開いた深夜のスペースでは、Sくん以外のリスナーは全員女性だったようで、よくモテるアカウントなのだとSくんに聞いていた。確かに、ポストのセンスのよさをきっかけにオフ会でセックスする話はよく見かける。しかし、Iくんはどうも過去に1人の女性と付き合ったきり、誰とも関係を持っていないようだ。その元パートナーともセックスの経験はなく、今に至るまで童貞らしい。
Oのポストを見る限り、Iくんは「元カノ」を神格化しているようで、破局の間際と思われるDMのスクリーンショットを上げたり(クネクネというのがどういう意味なのかは未だに分からないが)、どうも的外れな洞察に基づく後悔を口にしたりしているのを見ると、別れた以降に仲良くなった女性を元カノと比較して拒絶し続けているのかもしれない。Sくんに「きちんとした恋人を見つけろ」「オタサーの姫なんかに時間を使うな」などと強弁する視線の先には、きっと元カノの姿が浮かんでいたはずだ。
クールで知性的な姿を思わせるXアカウント: Oだったが、駅から会場まで歩いている間に私たちと楽しそうに話すIくんは、単色アイコンを顔に据えたOとはまるで正反対の印象だった。常に周囲の男との序列に気を払い、弱い者を侮りマウントを繰り返し、強い者に付き従うコミュニケーションを得意とする、エロ漫画の端の方に生きていそうないかにもつまらない大学生である。そのようなホモソーシャル・マウンティング社会では、自分が乳首マゾだなんて開示してしまった暁には絶対的最底辺扱いされてしまいそうだが、ひょっとすると性癖の異常さで強さが決まる素敵なコミュニティに所属しているのかもしれない。
Iくんに僕が「かたぎりあまね」だと名乗ると、「『あまね』って感じじゃないですよね笑」とか「私も昔、◯◯(日本人女性風の名前だったが失念)って名乗ってた頃があるんで、その気持ち分かりますよ~笑」などと、楽しそうに僕の名乗った名前を揶揄し始めた。まともに言語を運用している存在であれば、名前の否定は存在の否定と同義といえる最大限の侮辱のはずなのだが、かれは一体どれだけ低俗な社会生活を送っているのだろうか。
別に「あまね」などと名乗るアラサーの中肉中背のオタク男に対して客観的に何らかの揶揄が浮かぶこと自体を否定するつもりはないし、それを面と向かって口にする自由もあるだろう。しかし、しばしばそういう人間はコミュニケーションに通常より労力がかかるので、僕はそういう人間とは以降の人生で関わらないようにしている。地面を歩いているだけのふつうの人間なら引っかからないような、いわば透明なハードルとして作用しているのだ。
会場まで歩いている間も、そして会場に着いてからも、Iくんは会話の中で「こいつは俺より上か下か?」という判断を交えたコミュニケーションを続けていた。より正確に言えば、「こいつらは全員俺より下だからナメた態度でオッケー」という態度だった。SくんがU大学出身で、そして会場にいたのもほぼU大学の関係者だったので、人生の成功が約束されたT学に通うIくんからは全員が下に見えていたのだろう。
IくんはSくんと会話する際にとにかくSくんの話を遮って、一方的に主張を押しつけ、さらに酒を飲むよう強要していた。SくんとIくんはほぼ初対面だったはずだが、数時間ですっかりIくんの中には上下関係ができあがっていたわけだ。飲みさしのハイボールに梅酒を注いだ味も分からないだろう酒を飲みながら「昔、空手やってたんで! U大学のモヤシオタクなんか全員ぶっ飛ばしてやるよ!」などと繰り返す姿は不快を通り越して怒りが沸く。一応言っておくけれど、Iくんは別に強面という感じでもなければ、肌を黒く焼いたりタトゥーやピアスを備えているわけでもない、ただただ肌は白くて黒い髪がもっさりしたモヤシオタクである。
SくんとIくんがどのように盛り上がってここに来ることになったかは分からないが、いずれにしても、初対面の人間ばかりの場で全員を敵に回すコミュニケーションにどのようなメリットがあるのだろう? もちろん、かれが持つT大生の自負から他人を下に見ること自体は止められないが、それをわざわざ態度や口に出すとどのような結果をもたらすか想像できないというのは、Iくんが持っているはずの論理的思考能力を考慮するととどうにも不思議である。
こういう人間がコミュニティにいるとふつうは空間が疲弊するはずだが、Oのポストを見ると一緒に酒を飲む友人もいるようなので、やはりホモソーシャル・コミュニティでは定番の処世術なのだろう。Iくんと交流のある人はかれをそういう人だと理解して付き合っているはずで、ひょっとすると今回僕たちに見せなかったよいところもあるはずだ。Iくんの友だちがこの記事を読めば「Iくんのよさを知らない性格の悪い人間が書いた文章だ!」と噴き上がるに違いない。これは全くその通りで、Iくんが今回会場で勝手に爆睡してしまったのも含めて、かれのよさを理解できるタイミングは全くなかった。
Iくんと話しているうちに、かれは単に初対面のコミュニケーションが苦手なだけで、かれなりに「イジり・イジられ」や「プロレス」のように対等なじゃれ合いを演じようとしていているだけなのでは?と感じるタイミングがあった。Sくんを童貞と揶揄しつつIくん自身も童貞だと口走っていたし、同席した参加者にも同様の揶揄を繰り返していたからだ。仲のいい友だちと冗談でディスを交わすことはあるだろうし、距離感を測るのが苦手なだけという説明なら、これ以上付き合いたくはないが納得がいく。
今思えばあまりに好意的すぎる解釈で、やはり変な首を突っ込むべきではなかったと思う。僕が「Iくんも童貞なの?」と尋ねると形相を変えて突然わめき散らし、話題を変えたかったのか僕の太ももや肩を触りつつ「グラスが空だぞ!」「酒を飲め!」と繰り返した。僕はこの雰囲気でこれ以上酒を飲みたくはなかったので断ったのだが、さらに「潰れるのが怖いんすか~?」と気持ち悪い声で煽り立てる。どこまでいっても予測可能でくだらないことしか言わない、関わると関わった分だけ疲れるというつまらない男である。
そのタイミングでかれに「場酔い」について説明しても一向に理解してもらえなかったのはかなり印象的だった。何度か質問して聞き出してみると、Iくんは酒を飲ませ、飲まされ、乱痴気騒ぎするだけの飲み会しか知らないのだという。結局のところ、Iくんは同性に対して序列を付け、下位のオスを押さえつけ、上位のオスにへつらい、酒の量で勝ち負けを決めるようなコミュニティしか経験したことがないのである。そして、自分が経験していないもの、かれが学問的な知識として認めないものは何一つ想像も理解もできない、知性からは全く離れた存在だったわけだ。
ふらつく手で酒を勧めるIくんは、僕のグラスにギリギリまで酒を注ごうとして溢れさせてしまうし、やはり意味不明なちゃんぽんを繰り返すし、挙げ句の果てにはSくんに詰め寄って腕を振り上げた拍子にグラスを床に倒してしまった。そして、酒に強いと自負していたが、疲れていたのかひとしきり怒鳴り終えるとすぐに寝てしまったのである。もはやどうでもいいことだが、Iくんは脾臓に問題があって酒はあまり飲まない方がいいのだそうだ。翌日はふつうに目覚めたようだが、身体に負担のかかる飲み方は避けた方がいい。
最近は平和なコミュニティで生きてきたので、この世には全く根本から通じ合えない存在がいるということを忘れていた。いかにも日本人の平和ボケという状態だったので、コミュニティを広げるにあたっては平和を守るのが一番苦労するという気付きを得られたのは収穫である。最近は技術系カンファレンスでも間口の広さと治安維持の両立に苦労しているようだし、やはり気を抜くべきではないと思う。井の中の蛙に大海を気付かされる、とはこのことだ。
この日記を書く際にOのポストを見直したのだが、世界初のメンソールタバコといわれる銘柄の終売について写真付きで語っていたのを見つけた。確かに、寝落ちたIくんは大事そうにそのタバコを握っていた気がする。このタバコが入手できなくなったら、代わりのタバコを探しては元カノと同じように「前のタバコがよかったのに……」と未練と後悔を繰り返すのだろうか。少しずつでも、かれの世界が広がることを願うばかりである。
明け方、眠っているIくんのスマホに届いた「パーペキ」というスタンプの不敵な笑みが、少しずつ記憶から曖昧に消えていく。楽しそうに他人をバカにしてはばからないIくんの顔も、夏が来るまでには鬱屈した単色アイコンに上書きされて思い出せなくなっているだろう。