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電波資本

筑波大学文芸部関係者による Advent Calendar 2020


インターネットが我々の人生を侵食するにつれて、地方生活 vs 都会生活の不毛な論争が激しくなっている。これは、インターネットが我々の物理的な距離概念を狂わせ、無効化してしまうせいだ。本来であれば知ることさえ難しい、あるいは不可能だったはずの離れた場所での暮らしぶりが、まるで隣家のそれのように感じられるようになった。また、そういう離れた場所の人間に対して、まるで隣家の騒音に苦情を述べるかのごとく強烈な罵声を浴びせることができるようになった。

これにより、自分の生活を「隣家」に誇示し、あるいは「隣家」の生活に嫉妬する人が非常に多くなってしまったのだ。日本国では居住移転の自由が認められているが、不幸なことにそれを盾にして「地方生活に不満があるなら、今すぐ都会生活を始めよ!」と地方生活者を嘲る都会生活者もいるらしい。

地方生活と都会生活の大きな違いの一つに、文化資本が挙げられるという。

文化資本とは何か? モノとしての本や美術品、形のない思想や芸術の素養、学歴などの文化的資産を、親から子に相続されうる資本として捉えた概念である。都会では美術館や博物館、学習塾や習い事にアクセスしやすく文化的素養を持った子が育ちやすいが、地方では映画館に行くのも一苦労だしガリ勉はいじめられるし娯楽がセックスくらいしかない……ので、都会で暮らしたほうがお得!という理屈らしい1

かくいう私も、大学進学で初めて関東(とはいえ茨城県南部だが)に引っ越してきた人間である。それまでは、岩手県の沿岸南部でインターネットで暴れることもなくひっそりと暮らしていた。文化資本という言葉を知ったのは大学に進んでからだが、思い出してみると、両親は地方生活なりに私が本や芸術にアクセスできるようサポートしてくれていたと思う。

内陸に出かけるたびに、古着屋と古本屋がくっついたハローマックの居抜きみたいな店に連れて行かれた。去年の文フリでなかなか見つけられずにいたSONYの3.5インチフロッピー10枚組2とか、PC-98版の「下級生」とか、買い手がつかないだろう中古品が雑多に積まれていたのを覚えている。

当時から電子工作に興味があったのは、そういう取り組みの成果だったのだろうか。クリスマスプレゼントとして復刻版電子ブロック3も買い与えられた。その構造上ブロック同士の接触が悪化しがちで、組んだ後に浮かせたり押し込んだりしているうちに遊ぶのが億劫になってしまったが。

軽率な「実験」もいろいろした。50Hzの電源を直流用モーターに繋いだら、回転方向が1秒に50回入れ替わって楽しいんじゃないか(どういうこと?)という予想を立てて、模型用モーターをコンセントに接続したのだ。もちろん、青白い火花が散ってモーターは使えなくなってしまった。怪我もなくブレーカーも落ちなかったのは不幸中の幸いだろう。電気分解だと言い張って食塩水に9V電池を繋げて放置していたら、いつの間にか液漏れしてぶっ壊れていたりもした。死ななくてよかったね。

古本屋では、当時でも明らかに古すぎて役に立たない技術書を買い漁っていた。「子供の科学」はBASIC特集の回だった。Windows 98のデフラグツール解説書は、カラフルなセクタが整列していく様子が綺麗だったという思い出くらいしかない。家でパソコン(Windows XP)が使えるようになったのは、それよりずっと後のことだ。

たまに図書館にも行っていた。青い鳥文庫とか、子供向けの技術解説書とか、HTMLタグの辞典とか、いろいろを読んでいた。その中でもよく印象に残っているのが、「ぼくらの鉱石ラジオ」という本だった。返却した後にどうしても欲しくなって、わざわざ取り寄せて購入したのを覚えている。

鉱石ラジオは、典型的には電源なしで中波のAM放送を受信するための装置である。コイルのみのL回路、あるいはコイルとコンデンサを組み合わせたLC回路(同調回路)にアンテナとアースを接続し、整流効果のある鉱石(鉱石検波器)を通してクリスタルイヤホンを鳴らすという、ラジオ受信機の中ではかなり単純な回路で構成されている。

鉱石ラジオ抽象

小学4年生の私は、著者が深夜に聴いたという不思議な放送4についてのエピソードや、美しい鉱石ラジオの写真の数々にすっかり夢中になった。だから、その夏は鉱石ラジオの自作と聴取で自由研究をすることにした。ただし、検波できそうな鉱石を手に入れるのは難しい。さらに調べてみると、鉱石検波器の代わりにゲルマニウムダイオードを使ってもいいようだ。結局、鉱石ラジオではなく、ゲルマラジオとして提出することになった。

その頃には家にパソコンとADSLが導入されていたから、インターネットでゲルマニウムダイオードとバリコン、セラミックイヤホン、コイルに巻くための太い銅線を注文した。送料と代引手数料で総額が1.5倍くらいになった。親はクレジットカードを持っていなかった。

トイレットペーパーの芯に竹串を添えて、銅線を揃えて巻く。竹串を下に巻いた部分が盛り上がるから、その部分の被覆を紙やすりで削ることで、銅線の一端をスライドして共振周波数を操作できるようになるのだ。それを小さな長方形のベニヤ板に取り付け、辺と四隅に画鋲を挿してその上ではんだ付けをした。本に載っていた綺麗な鉱石ラジオからは程遠かったが、立派なゲルマラジオの出来上がりだ。

スライダーつきソレノイドコイル

とはいえ、鉱石ラジオの受信性能を決めるのは同調・検波回路ではなく、アンテナやアースによる電波の受信機構である。アンテナは、とりあえず近所のホームセンターで追加購入したビニル被覆線を家中に這わせればよさそうだ。問題はアースだった。「ぼくらの鉱石ラジオ」によれば、アースは必須ではないけれど、家電用のアース端子や水道管に接続すれば受信性能が上がるという。しかし、なぜか家にはアース端子が見つからなかったし、床上から探れるような位置にある水道管が金属製だったのはかなり昔の話だ。アースへの接続は諦めた。

アンテナを張り、セラミックイヤホンを耳に装着し、バリコンを回してみる……が、何も聞こえない。接触不良? アースを接続していないから? 不安な気持ちになりながら、まずはアンテナ線をこたつのコードに巻きつけた。スイッチを入れて、切って、入れて、切って……イヤホンからカリッカリッとしたノイズが聞こえる。金属が擦れて火花が出ると電波になることは知っていた。つまり、ゲルマラジオ自身は確かに動作していて、単に電波強度が十分ではなかったのだ。

それから頑張ってひねり出したアイデアは、アンテナを電話線に巻きつけるというものだった。ビニル線を50回ほど密に巻きつけて、祈りながらイヤホンを耳に当てた。かすかに何かが聞こえる。聞こえるが、どんな話をしているかは全く分からない。それでも、手元のポケットラジオの音声と比べてみると、確かに同じ放送を受信しているのだ。

とりあえず、ラジオ受信機として使えそうなことは分かった。では、どうすれば鮮明に聴こえるか。盛岡や仙台5にでも行けば電波がたくさん飛んでいるんじゃないかという仮説も立てたが、夏休みは既に終わりかけていた。今思えば、電子ブロックで中波のAM変調送信機を組めばよかったのかもしれない。しかし、レシピには超短波のFM変調送信機しか載っていなかったし、これからブロックを組んでトライアルアンドエラーするほどの気持ちの余裕もない。結局、自由研究には「アンテナを電話線に巻きつけたら、かすかに聞こえるようになった」と記載するしかなかった。

震災後の今となっては、市内でFM放送局が開かれたので超短波なら十分に受信できるだろう。例えば、フォスターシーレー方式の鉱石FMラジオがあれば十分に聴取できるかもしれない6。できることなら、みんなの前で地元タレントの軽快なトークを聴かせるという最高のデモをこなす小学生になりたかった。

今思い出すと、電波の入手しやすさも一種の文化資本だったのだろうか。地方生活では電波の入手さえも難しかったと思うと、都会生活への憧憬がいつの間にか憎悪に変わるのも仕方ないことなのかもしれない。


  1. ただし、映画館や美術館の映画や美術品は誰かが独占・秘匿している資産ではない。 

  2. 第二十八回文学フリマ東京で、作品を収録したフロッピーディスクを配布した。1125270163295596544, 1125332709272776704 

  3. フルカラーLEDやフォトダイオードのブロックが付いた拡張パックが付属していた。 

  4. 電離層の変化によって、遠方からの電波がよく届くようになる。 

  5. 当時の僕にとっては都会だった。 

  6. しかも、電子ブロックのレシピでテストできた。 

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