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lily

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  1. くらやみカフェ :new:
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    おすすめの喫茶店があってさ、という高坂さんの誘いに乗って西口から十分ほど歩いていると、飲食店が密集する路地に出た。西口を出て高架をくぐり、左に曲がってから三つ目の交差点で右へ……さらに何度か外せない曲がり角があったがもう忘れてしまった。左右のビルからにょきにょきと生えた色とりどり... 続きを読む
  2. 虹色ひよこ飼育日記
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    虹色ひよこの発生が確認されたのは、梅雨入り前の晴れの特異日である六月一日のことである。これはSNSで初めて虹色ひよこの動画がアップロードされた数日前にあたるが、投稿を元にした学内新聞サークルの取材によって大々的にこの日付が発生日として喧伝されたのだ。今日も昨日も「虹色 ひよこ」あ... 続きを読む
  3. 10th PARK road side
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    りとことまりの軽自動車ぎゅうぎゅう旅 by ごまふわラビ1 川崎駅の西口乗降所で腕時計を見ながら迎えを待っていたまりが、突然目の前に止まった車に少し身構えたのは、その小さな白い軽自動車の姿が彼女の予想からかけ離れていたせいだ。既に約束の10時からは20分... 続きを読む
  4. DEADA1
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    SALL-Y(サリー)は高性能の現代イラストレーション生成サービスである。現代イラストレーションというのは――公式サイトによれば――現実世界を非常に精巧に再現した写真でもなく、歴史と伝統を重ねたハイアートの再生産でもなく、現代的な「生きた」ポップな絵柄の総体らしい。ここで「生きた... 続きを読む
  5. あらしのまえに
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    「レイ、それ何? スノードームの試作品?」 「んー? 未来の天気が分かる高性能なひみつ道具だよ」 数十分前に夕食係としてキッチンに送り出したはずのレイがなかなか戻ってこないので様子を見に行くと、細長くて透明な瓶に白い結晶が沈んだ液体をちょうど詰め終わるところだった。本来はまな... 続きを読む
  6. ゆきずり
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    「ねぇ、リナ。やっぱり、結婚はもう少し先にしない?」 「え、急にどうしたの。明日あいさつに行くって、もう言ってあるんでしょ?」 「それは、そうだけど……」 突然そう切り出されて困惑するリナは、赤ペンでマルをつけながら読み進めていた旅行雑誌をソファに放り投げてから、キッチンに... 続きを読む
  7. メモリアスコープ
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    「じゃあミイちゃんは、ホンモノのお花の香りも知ってるの?」 「……うん、ちょっとだけ。でも、コスモスはあんまり匂いのしない花だったかな。鼻をよく近づけるとね、ほんの少し爽やかな香りがするの」 「へー、やっぱりホンモノはすごいね!」 ユウはまだ興奮を抑えきれないようで、目はぽ... 続きを読む
  8. 水神社の前で
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    「願いごとを思い浮かべながら水神社の鳥居をくぐると……って、昔みんなやってたじゃない?」 下校中。信号の待ち時間を持て余したシイが、横断歩道の向こうにある鳥居を指さした。シイと同じ六高の制服を着た頭一つ背の低い女子は、幼なじみのマトイである。彼女たちは同じ保育園と小・中学校で育... 続きを読む
  9. コバルトブルーと塩の道:ocean:
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    お盆過ぎになっても、まだ暑さは落ち着かなかった。この異常気象で、アンドンクラゲもアカイエカもいつの間にか絶滅危機らしい。こんな夏休みにわざわざ外に出かけるなんて、無謀な挑戦を売りにする動画投稿者くらいしかいないだろう。しかし、今から私は無謀にもそんな挑戦を強いられることになる。部... 続きを読む
  10. 桐谷梨花のキャンディ日記:cityscape:
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    夏は4匹の家族を連れて避暑地に行くのが定番で、毎年宿選びには苦労している。愛犬や愛猫と一緒に宿泊できるオプションをアピールするホテルは最近では珍しいものではないが、私のようにロコスタル・フェリステルスと暮らしている身にはまだ不便なことが多い。それも4匹も、だ。 ロコスタル・フェ... 続きを読む
  11. もみじがり 2:bookmark:
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    (前半から続く) 「ねぇ、マーヤ。商店街にもみじって売ってるかなぁ?」 その夜、家に帰ってきたアリスは開口一番困り顔でこんなことを言い出した。最近の定番になっていた真っ白なフリルブラウスには、日替わりで花を模したレジンのブローチが飾られている。今日は透明感のあるオレンジのガー... 続きを読む
  12. もみじがり:bookmark:
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    「うふっ。マーヤったら、嘘ばっかり」 「やだ、見ないでよ」 目的地の上中稲(かみなかい)駅まであと五分ほど。昼過ぎの到着予定を知らせるアナウンスを聞いてお手洗いに向かっていたアリスが、私のエアロ・スクリーンを覗き込んでから対面の席に戻った。どうやら共有設定を切るのを忘れていた... 続きを読む
  13. 「不在の百合」についての補遺
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    私が初めて「不在の百合」という言葉を聞いたのは、文化祭で夜差さんが私のクラス展示を見ていたときだった、と思う。 イベントに対するやる気も結束もない私たちのクラスが文化祭の展示として選んだのは、休憩所兼写真展という、いかにも準備や運営に手間がかからない省エネ企画だった。しかも選ん... 続きを読む
  14. メタ世界で出会った少女とその顛末
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    ――暗闇が辺りを包む夜の草原。そこには、煌々と光を放つビルはおろか、わずかに道を照らす街灯さえどこにも見当たらない。少しずつ前に進む の頼りになるのは、右手に握られた魔法の杖が放つ小さな光だけだった。もし目の前が危険な断崖絶壁だとしても、今の僕には決して分か... 続きを読む
  15. えびせんパーティー
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    「やっと終わりましたね。マキさんの部屋、荷物が多すぎます」 「ふふ、ごめんね。でも、手伝ってくれてありがとう」 昼前までにすっかり荷物を運び出した私たちは、引っ越しの大きなトラックの音が聞こえなくなるまで、なんとなく外階段の踊り場から空を見上げていました。少しずつ冬が追い出さ... 続きを読む
  16. 三体のオートファクト
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    オートファクト: オートマタとアーティファクトのかばん語である。人形が十分な意思能力を持った時代に「ドール」と呼ぶのが差別的とされたために作られたことば。 「あの、ご主人様。どうして私を選んだんですか?」「どうして……って?」「ですから!」 フローリングに正座したまま購入者を... 続きを読む
  17. フォーチュン・ポップコーン
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    「次は、西鷹砂台(にしたかすなだい)、西鷹砂台」 マッチングアプリで出会った女が待ち合わせ場所に指定した駅――保世(ほぜ)線の終着駅がおよそ二キロ四方の廃墟に続いているのを思い出したとき、私はやっと自分が騙されていたことに気付いた。久しぶりに好きな顔の女に会える!と舞い上がって... 続きを読む
  18. 正妻と正妻に挟まれた私のお話!
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    「春木場、久しぶりね」 画面の向こうから、神宮寺先輩が私に手を振る。凛とした顔立ちに、ぱっと柔らかい笑顔が浮かんだ。あの頃、放課後のおしゃべりの合間に見せていた、本当に楽しそうなときの表情だ。私を貫いてどこか遠くを見据えるような綺麗な瞳は、今でも変わらず綺麗なままそこにあった。... 続きを読む
  19. パラ=セックス
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    「B子、起きた?」 キッチンから戻ってきたA子が「気分はどう?」と言って、テーブルの上にトレイを置いた。 「ちょっと、あつい……かも」 すん、と鼻を鳴らすと、数カ月の 自粛 のせいで忘れかけていた懐かしい香りがする。ベッドに横たわったままでも、何が運ばれて... 続きを読む
  20. セックスメーター
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    「あー、もしもし、ピンクキャブです。今から『リリ』が伺いますんで、準備お願いします」 床やテーブルのあちらこちらに転がった空き缶を片付ける土曜の昼下がり。やっとのことで掃除を終えた私に、電話口で輸送係の若い男の声がそう告げた。 ベッド、オッケー。ソファ、オッケー。都心の狭いマ... 続きを読む
  21. やさしいひかり
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    「B子、絶対に見逃しちゃダメだよ?」 不思議なことに、私はA子の言葉に操られるようにその瞬間をじっと待っていた。数分離れた隙に台無しになってしまったらどうしようと、ほんの十歩先にあるトイレに行くのを我慢してしまうほどに。 こたつの上に、A子からもらったプレゼントが置かれている... 続きを読む
  22. ドアスコープ
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    「ごめんなさい。私ったら、また寝てしまったのね」 大きなベッドで目を覚ましたユミが、ソファに腰掛けてそわそわと待つ私に気付いて声をかける。 眠っているユミを見ていたら、きっと彼女を求めて泣きじゃくってしまうだろうから、私は彼女に背を向けて待っているしかなかった。ラブホテルのつ... 続きを読む
  23. 海が壊れる
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    「B子、もう行くぞ! 早く出てこいって」 冬に入りたての冷たい夕暮れの中で、イライラしたA子の声と共に乱暴にドアノブを回す音が響く。浮いたレバーがあちこちにぶつかって、不快な金属音がB子の部屋を満たした。とはいえ、都心の繁華街から徒歩数分の狭苦しいマンションには、これくらいの騒... 続きを読む
  24. おわりのバスで
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    はじめまして。19歳大学生の女です。他にも同じような方がいたらお話を聞きたいと思ったので、投稿させていただきます。 先日、GOTOトラベルで東京に行く機会がありました。このご時世でバイトもしにくくてお金がなかったので、移動は往復どちらも夜行バスにしました(私自身は関西の方に住ん... 続きを読む
  25. 0.4ct
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    高山さんのダイヤモンド・ペンダントは、少し小さい。と、思う。 「それ、素敵ですね」 でも、わざわざそんなことは言わない。 高山さんは同じサークルの先輩で、みんなの人気者。おっとりとした性格とふわふわの笑顔で、男子の会員はもちろん、女子にだって好かれている。ボブカットのふわり... 続きを読む
  26. グラナイト
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    「で、今日こうやって私が紹介して、それでミカが買ってくれたら私に十パーセントの配当があるから――」 セントラルラインに乗ってわざわざ二時間かけてやってきた喫茶店で、私はなぜかマルチ商法の勧誘を受けていた。十パーセントの配当がもらえるから、何人に売れば回収できて、半年もすれば何百... 続きを読む
  27. 東洋のスマラカタ
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    刑部岬の展望台に到着したのは、十一時より少し前のことでした。車を降りると春みたいな夏みたいな曖昧な太陽と、冬みたいな春みたいな冷たい風が我々を出迎えます。大きなジープでくねくねの急勾配を進んだ先に広がるこの数キロメートルの断崖絶壁は、かつて「東洋のドーバー」と呼ばれていたようです... 続きを読む
  28. 地下鉄ストア
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    「ねぇB子さん。次の休日に地下鉄ストアに行きましょうよ。いいでしょう?」 「お姉さま。帰ってきたらまずシャワーを浴びてくださいって、私いつも言っています」 昼休みに聞いた「地下鉄ストア」の話は、本当だったらしい。軽薄な噂話に興味のない先輩が、冬の香りと汗の匂いをまとったままこ... 続きを読む
  29. 甘い煙に誘われて 2:strawberry:
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    まりっぺのことは、もう忘れたつもりでいた。突然私の前から姿を消した彼女のことを、いつまでも追い続けるわけにはいかなかったから。 あのとき、まりっぺはどうして私にさよならを言わなかったんだろう。私のことを嫌いになったんだろうか。 まりっぺは、最後に私をCと呼んでくれた。私が赤沢... 続きを読む
  30. 甘い煙に誘われて:strawberry:
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    人が流れる歩道の中で、タバコの香りにつられてふと立ち止まる。 街を歩いていると、ときどきこんな風に甘い匂いが鼻をくすぐることがあった。甘く煙たいストロベリーの香り。普通に歩いていたら見過ごしてしまうような、そうでなくても数歩のうちに意識の外へ追いやられるような、かすかな心地よさ... 続きを読む
  31. ミックスサンド・ベイキング 2:champagne_glass:
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    (前半から続く) 「りとちゃんと、まりちゃんと、三人で付き合いたいの」 確かに、PARKは三人揃ってこそ今までやってこれた。だから、私たちの危機は、私自身の危機でもある。当たり前だけど、それってすごく厄介なことよ。 「だからね、まりちゃん、りとちゃん。私は三人で、私たちで、... 続きを読む
  32. ミックスサンド・ベイキング:champagne_glass:
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    クラゲはふわふわと舞うのです。ふわふわ、ふわふわと。 水中のクラゲはそう大きな声で鳴かないそうですから、やはり私は水槽を前にしてもクラゲの鳴き声に気付けなかったのです。あるいは、水槽のクラゲはもうずっと前から弱っていたのかもしれません。 クラゲは原宿でも、ふわふわと飛ぶのでし... 続きを読む
  33. ペパーミント・バスタイム:champagne_glass:
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    私が誰かと仲良くしても、あなたとの仲が変わるわけじゃないの。あなたが彼女と仲良くしても、私との仲は変わらずにいてほしいな。私たちを包む幸せは、独占したり所有したりできないものだから。欲張って手のひらで掬い取ろうとしても、溢れて全部こぼれてしまう。 私の一日は、PARKの開店準備... 続きを読む
  34. 団地
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    「ねぇ、ナナロク。そろそろ、子供作らない?」 「またその話?」 「センターがうるさいんだってば、ずっと」 私が76784291739271号に子供をせがむのは実に簡単な理由で、つまりは私の社会的地位の向上のためだった。 ナナロクは、綺麗な女だ。遺伝子が優良か――残す価値が... 続きを読む
  35. しあわせミサイル
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    彼女にべったりこびりついた しあわせ は、なかなか落ちなかった。思い出してみると、私たちのエリアは特にHPSが良かったし、どうしようもない副作用なのだろう。 「お姉ちゃん、花火綺麗だね!」 ポップな絵柄の手持ち花火が、長い火花を出してよく光る。妹はその真っ赤... 続きを読む
  36. ストロベリィドール 3:drop_of_blood:
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    夏の夜に包み込まれた部屋で、私達はベッドの上にいた。 シャワーを浴びているうちに長くなると思っていた雨はもう止んでいたらしく、辺りはすっかり静まっている。陽が沈んだ後はエアコンの動きも弱くなって、隣の部屋も静寂を保っていることだろう。 向かい合ってベッドにぺたりと座る二人。自... 続きを読む
  37. ストロベリィドール 2:drop_of_blood:
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    「んぅ……朝か」 ぴぴぴぴと、不快な音が部屋に響いた。 「ううううう……」 私は呻きながら何度かスマートフォンをいじくりまわすけれど、とうとうそれが原因ではないことを思い出し、煩わしい音を発する銀の目覚まし時計をぱしりと叩く。 「暑い……べとべとする……」 夏の目覚めは... 続きを読む
  38. ストロベリィドール:drop_of_blood:
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    夏の日差しは私には眩しすぎる。無理やり気持ちを高揚させるこの陽光は、大事にしなきゃいけないものを全部隠してしまうから。 電車に一時間ほど揺られ、私の目的地を告げるアナウンスを聞く。駅のホームに降り立つと、既に待ち合わせの時間からは幾分過ぎていた。 休日の昼下がりとは言え、この... 続きを読む
  39. 結婚と結婚式
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    結婚と結婚式(C94配布ペーパー) 「模擬挙式だって。今度みんなで行ってみない?」 マヤが放課後に持ってきた週末の予定は、いつものとはかなり方向性が違っていた。差し出されたパンフレットには、ウェディングチャペルの写真と共に「二人の夢、永遠に」とおしゃれなフォントが踊っている。... 続きを読む
  40. しあわせガイドライン 2:sake:
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    居酒屋バイト判定機は実に上手く動作していた。全体で見ればそうだろう。 私が持っている「しあわせガイドライン」には、こう書いてある。 幸せなみなさんのうち、満十八歳になった人は一ヶ月以内に職業適性テストを受けなければなりません。適性テストには当日のテスト結果に加え、これまでの学... 続きを読む
  41. しあわせガイドライン:sake:
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    世は空前の幸せブームである。 国民は幸せで豊かな生活を送るべきだとされ、その実現を最優先とする政策が続いた。その目標から外れた生き方は非道徳的なものとしてしばしば批判され、国だけでなく周囲からも白い目を向けられてしまう。何が幸せで、どうすると豊かなのかを国が決定する時代に入った... 続きを読む
  42. ふわふわ
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    「適当にくつろいでよ」 初めて行くB子の部屋は、一人暮らしの大学生のそれにしては綺麗だった。少なくとも、同じ一人暮らしの女子大生の私の部屋よりは整っている。フローリングの床に、ガラスのテーブルとクローゼットと、本棚にベッド。それと、もう一つある黒い棚の上に四十センチほどの水槽が... 続きを読む
  43. おくすりのめたね
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    頭が痛い。愛用の頭痛薬が手に入らなくなってから二週間ほど経った。変だなぁ、とぼんやり思いながら日々を過ごしている。頭が痛い。 私は時々、妙な頭痛に悩まされている。 朝起きると、ぴりっとした刺激の後に頭の芯からずんとした痛みが漏れ出す。その痛みがぐるぐる脳を回っていく感覚が、た... 続きを読む
  44. 怪物
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    とても寒い朝だった。もくもくとした息が真っ白で、太陽が当たってよく輝いている。 「ハカセがね、本当は私は人間じゃないって言うの」 B子が急にそう言った。いつもより小さくて不安そうで、絞り出したような声だ。歩きながら誤魔化すように、私に聞こえないふりをする余地があるように。 ... 続きを読む
  45. 呪術
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    すみません。お隣よろしいですか? あなたもお一人なのですね。 そうですね。少し気になったというか、昔の知り合いとよく似ていましたので。 聞きたい、ですか? 別にかまいませんが、すごく面白い話ではないのです。ただ、呪術から抜け出せない滑稽な大人のお話ですから。いいですか? それ... 続きを読む
  46. 曖昧:champagne_glass:
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    (前半から続く) 辺りはすっかり暗くなってしまった。影に潜んで動かなかったクラゲの群れもすっかり自由に動き出し、夜の空気が一帯を支配する。そろそろ夜露を凌げるような場所を見つけないと、闇に飲まれて死んでしまいそうだわ。 それにしても、霧が強い。少し歩くと顔がほんのり湿るという... 続きを読む
  47. 廃墟:champagne_glass:
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    海水や淡水にいた頃のクラゲは、ふわふわで曖昧なものだったと聞いています。そうですね……少なくとも、わざわざナイフで切り刻む必要はなかったのでしょう。 クラゲは全て絶滅してしまいました。私たちも、いつか絶滅するのでしょうか? 高架の終点からさらに少し北上すると、中心市街地らしき... 続きを読む
  48. 煙突
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    「洗濯物をとりこみたい人生だった」 「あら、急にどうしたんですか?」 はぁ、と芝居ががって溜息をつくA子を見て、B子がくすくすと笑った。 「すぐに雨が降るわ。また、服がだめになっちゃう」 A子が指差す煙突は天高く、ずっと空の向こうでもくもくと黒い煙を吐き出している。青い空... 続きを読む
  49. 色盲
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    B子は私が好きだ。たぶん。 何でも持っているあのB子が、どうして私を好きなのかは分からないけど。 彼女はA子よりも少しだけ背が高くて、キスをする時はいつも私に合わせてかがむのだ。B子は夕陽を背にしてキスをするのがお気に入りで、彼女が私の肩を抱くたびに、綺麗な長髪のフィルターを... 続きを読む
  50. 電波
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    この学園の地下には、白く光る綺麗な球体が埋まっていて、そこから不思議な電波が出ているらしい。 そういう都市伝説が実しやかに囁かれるのを、先生方は良しとしなかった。当然、風紀の乱れに繋がるからだ。しばしば朝会でそういった噂に加担することのないようにと強く呼びかけられたが、数カ月も... 続きを読む
  51. ダム
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    A子は病室にいる。吊るされて動かない両脚と、穏やかに晴れた秋の空を見ながら目覚めた。 目が覚めてから、一人でいる間はずっとB子のことを想っていた。B子が虚空を見つめてはらはらと、袖で目尻を拭うこともなく、静かに流していた涙の意味を考えていた。 お前は莫迦だと父親に言われた。母... 続きを読む